1 地域と木曽馬
私たちの施設にとって、「ホースセラピー」とよばれる活動も木曽馬の種の保存を行う活動のなかの一つです。乗馬をすることや触れ合うこと、馬の世話をすることそして木曽馬を知ってもらうことの延長線上にあります。
種の保存をしていくうえで、木曽馬や木曽馬の里の施設を地域の様々な人に利用をしてもらい、一人でも多くの方々にその存在を認知してもらうこと、見守ってもらうことが重要だと考えています。このことから、馬と一緒に地域の活動に参加し、皆さんに直接馬との触れあいを楽しんでもらうことを私たちの活動のひとつにしています。
特に、子どもの頃から身近に木曽馬と接することで得られる達成感や、親子で感じられる楽しさなどを通じて、地域で木曽馬を保存する大切さを培ったり、将来的に木曽馬に携わる人たちが増えることへの期待が私たちの中にはあります。
今回は、その一つ、小学校での活動の紹介をしていきたいと思います。
歩いて10分ほどの場所にある開田小学校では、25年前から木曽馬とふれあう活動が行われています。当初は、総合的な学習の時間や地域学習などで、学年ごとに木曽馬の里に来て、木曽馬とかかわる内容の活動でした。その後、校舎脇に仮設で作った放牧場に毎週金曜日に木曽馬の里から馬を連れていき、馬の飼育体験をしていたことがあります。
現在は、次のような定期的な活動とイベント的な活動がいくつか行われています。
クラブ活動では、3年生から6年生の6名の児童が5月から11月にかけて月一回の乗馬を中心に行っています。のんびり歩きたい子、走らせてみたい子、引き馬でないとちょっと怖いと思っている子などさまざまですが、馬とグルーミングや乗馬を通して、絆を深めるとともに、子供たちがお互いにサポートしあいながら、1時間余りの活動を楽しんでいます。
はじめは引き馬でも怖がっていた子が、自ら速歩まで挑戦するようになったり、常歩で苦戦している子のサポートに入ったり、回を重ねるごとに馬との距離が縮まり、馬と一緒に歩くことも上手になっていき、馬との調和も取れていきます。クラブ活動の終盤には速歩に挑戦する子も増えてきます。学年を超えてお互いに成長していく姿は毎年楽しみなところです。
2 地域文化を伝える
乗馬という活動自体、学校が行う活動としてはあまり例をみないことだと思いますが、開田小学校では、他にも馬とかかわる学習があります。
5年生は授業の中で校舎脇の水田を使って稲作を行っています。この学習は地域ぐるみで支援している活動で、毎年、地域で協力者を募っています。近隣農家を訪問して行う苗起こしを皮切りに、田起こしでは20年ほど前に近隣の農家から譲り受けた馬耕犂を実際に木曽馬に牽かせ田んぼを耕しています。
以前は、子どもと保護者が総出で鍬を使って田んぼを耕していました。馬がかかわるようになってからは、自分たちが鍬を使って少し耕してみた後に、馬に牽かせた犂を子供たちが持ち、田んぼを耕していきます。鍬では10人がかりで何分もかかっていた面積を、馬がスイスイと牽いて耕していくのをみて、驚きの声が上がることもあります。体験の最後には、犂を数人の児童で牽いてみて、馬の力がどのくらいあるのかも体験もしてもらっています。
馬耕体験を行っている水田が高齢者のディサービスセンターや保育園の隣に位置していることもあり、園児たちの声援を受けて頑張る児童の姿や、その昔実際に馬耕をしたことある高齢の方が、「懐かしい」といいながら私たちや子どもたちに声をかけてくれるシーンも見られます。昔は当たり前に見られた馬との作業の風景も、今ではこの小学校での馬耕ぐらいしか見ることが出来なくなり、地域外からも関心のある方が見に来る活動となっています。
運動会では、8年前の開校30周年記念の運動会から、児童会長が木曽地域から京に上った武将の木曽義仲に扮して鎧兜をまとい、木曽馬に跨って他の児童と一緒に入場行進を行っています。運動会で馬に乗りたいから児童会長に立候補をする子がいるほど人気の役割です。
そして、お昼休憩にはアトラクションとして「木曽馬との40m走」を行っています。小学生たちは10~20mほどハンディをあげての挑戦してもらい、絶妙な競争距離となるためいい勝負をしています。このアトラクションには、地域の方たちも参加できるため、小学生の時に負けてしまい悔しかった子が、中学生や高校生になって改めて挑戦することもあります。もちろん、PTA役員や教員の方もいて、地域を挙げて盛り上がり、テレビや新聞などの取材も来るようなにぎやかなものとなっています。ちなみに、中学生以上はハンディ無しの馬と同じ距離での真剣勝負となります。これは木曽馬とクビ差くらいの良い勝負になり、一層の盛り上がりをみせます。
3 馬の暮らし全体を通して
3年ほど前から、特別支援学級の子どもたちが毎月一回、厩舎作業、グルーミング、乗馬体験を取り入れた学習活動を行っています。
活動のスピードが児童によって異なるため、教員だけでなく手の空いているスタッフも交えて、いくつかのパートに分けることや、作業する場所を見える範囲に集約することで、スムーズに活動が展開するように工夫をしています。
複数の学年が一緒に活動するために、上級生のグルーミングや乗馬の様子を見てもらえるように、それとなく蹄洗所や馬場へ誘導しながらの活動にすることで、「Aさんみたいに乗りたいな」とか「馬を引いてみたい」と次の目標を子供たちが見つけやすい活動を心がけています。
前回ご紹介した、木曽養護学校と行っている「定期的な馬の学習」のように、個別プログラムを立てて行っている活動ではありませんが、教員の方と牧場スタッフとがそれぞれの子どもたちの課題を見極め、相談する時間を取ることで、個々の特性を活かし、楽しみながら苦手に挑戦できるような活動を心がけています。
4 馬とともに地域で育む
この様な学校での活動を通じて、木曽馬と地域とのかかわりは特別なイベントだけでなく、次第に日常に近い活動になってきているのではないかと思っています。かつてこの地域では生活の中に馬がいるのが当たり前で、馬が自然と地域活動に入りやすい環境があります。このような活動が町内から郡内へと広がり、職場体験や校外活動につながり、将来の木曽馬の担い手育成につながっています。
この20年間では約200人が職場体験などの体験学習に参加し、約20人が馬に関わる仕事に興味を持ちました。その中で、3名が木曽馬の里で馬とかかわる仕事をしています。
まだまだ少ない人数ですが、ここで育っていった子供たちが人と馬をつなげる役割をそれぞれの立場で紡いでいくことで、人にも馬にも幸せな世の中になっていくことをこれからも期待しています。