「木曽馬の里」における実践活動 第1回

はじめに

かつて、日本国内には100万頭を超える馬が飼育されていました。それが、現在では約7万5千頭といわれています。
さて、皆さんは日本に現存する日本固有の馬、「日本在来馬」をご存知でしょうか。現在、全国に8種、約2000頭が飼育されています。
現存する在来馬の原産地域のほとんどは、いわゆるへき地と呼ばれる場所です。
戦時中の軍馬改良の中で目が届きにくかった山奥であったり、島であったり、そのような場所だからこそ、種が残され戦後も馬の飼育が続いてきた歴史があります。
ここでは、「日本在来馬」の一つである「木曽馬」と木曽馬の保存施設「木曽馬の里」の活動をシリーズで紹介していきます。

 

1 「木曽馬の里」について


[放牧場から望む御嶽山]

長野県木曽町開田高原は、かつては木曽馬の一大産地といわれた木曽地域の山間にある高原地帯です。
古くは2,000頭以上もの馬たちが飼育されていたといわれるこの地域に、「木曽馬の里」があり、現在約40頭の木曽馬が飼育されています。
「木曽馬の里」の役割は、主として木曽馬の保存繁殖です。そのため、毎年数頭の子馬が誕生し、親子で駆け回る景色を見ることができます。
また、観光施設としても解放されており、約50ヘクタールの広い敷地内に大小の放牧場が点在し、御岳山をバックにのんびりと放牧されている風景は、見るだけでもホッと一息つける景色なのではないでしょうか。放牧されている馬たちに草をあげたり触れ合ったりすることもできます。

 

2 木曽馬の特徴と施設の環境を活かした活動


[上級生と一緒にグルーミング]

木曽馬は、平均で体高132cmとそこそこの大きさがあり、大きなポニーサイズです。
盲腸が馬の平均よりも太く長いことからお腹がぽってりと出て足が短いこの馬たちは、乗っても縦に揺れる幅が小さいのが特徴で、観光乗馬だけではなく、近隣の養護学校の生徒たちの学習など障害のある人たちに利用されるようになり20余年が経とうとしています。
いわゆる「ホースセラピー」では、多くの方が馬に乗っての活動場面を連想するかも知れませんが、ここでは乗るだけでなく、馬とかかわること、そして馬の施設を含む環境全体を活かして活動を行う工夫をしています。
乗ること以外には、馬と一緒に歩く、馬のグルーミングを行う、馬たちの生活する厩舎の掃除をするなどがあります。
また、広大な敷地には散策道があり、高原の木陰を歩きながら、のんびりと馬たちを眺めるなども大切にしている活動です。

現在継続的に利用されているのは、肢体不自由や知的障害のある方、不登校の子供たち、乗馬クラブなどで落馬を経験し、馬が少し怖くなってしまったけど、また乗ってみたいと思っている方、馬の背中でゆっくりと揺られてリラックスしてみたいと思っている方、あわただしい生活の中で感じる息苦しさから解放されたい方など、様々です。
私たちは、そのような利用者の方々が安心してかかわることのできるよう<木曽馬>という希少種を生産し、日々馴致調教をしています。

木曽馬の里は、その設置目的から木曽馬のみを飼養しています。
このことから、ここでの活動は木曽馬ならではの特徴と個々の馬たちの個性を最大限活かしていくことを重視しています。
その特徴として、先ほど挙げた縦揺れが少なく安心して乗っていられることがその一つですが、障害のある利用者のなかには、騎乗時や馬の揺れによってバランスを崩しやすく、騎乗中の姿勢を維持するために介助の必要な方がいます。
そのような場面でも、背の低い木曽馬は、女性でも介助しやすいという障害のある利用者の乗馬をサポートする面でもメリットを挙げることができます。
また、大きな馬はそれだけで威圧感があり、子供たちは怖く感じてしまうこともあります。
反対に、小さい馬の場合はいつも見下ろされていて、人に対して卑屈になって問題行動を起こしてしまう馬もいるといわれています。
そういった意味で、木曽馬は目線が人に近く独特の関係をつくれるように感じます。そして何より、その穏やかな性質がセラピーホースに向いているのではないかと考えています。

反対にデメリットとして考えられるところがあります。
一般的に、頸の短い馬は扱いにくいといわれていますが、まさに木曽馬は頸の短い馬です。
しかし、生産から活用までの一貫した馬との関係、観光牧場という環境で馬たちが不特定多数の方への対応、そして馬が馬らしく暮らせる群れでの生活といったことを通じて、「木曽馬の里」の馬たちはそのような特徴を越え、人と落ち着いたコミュニケーションが可能になっています。

 

おわりに


[ワークショップにて]

近年私たちは、馬の背に揺られながら心とからだをほぐしていくプログラム、馬と一緒の高原散策、馬とのコミュニケーションから人との対話を考えるワークショップなど、木曽馬と御嶽山を臨む自然豊かな開田高原という環境を最大限に活かした様々な活動を行っています。
次回からは、それら様々な活動にスポットを当てて紹介をしていきたいと思っています。

1.学校紹介


埼玉県立深谷はばたき特別支援学校は、知的障害のある子どもたちを対象とした特別支援学校です。
埼玉県北部に位置し、深谷市、熊谷市、寄居町が主な学区となっています。
 
校舎からは北側に荒川、南側に金勝山を見ることができる、自然や田畑に囲まれた穏やかな学校です。
 
本校は、平成23年度に開校し、昨年の令和2年度に創立10周年を迎えました。
現在は小学部87名、中学部74名、高等部123名、計284名の児童生徒が在校しています。
 
本校の学校教育目標は、「笑顔、かがやき、そして未来へ」です。子どもたち一人一人が笑顔でかがやけるように、そしてこれからの未来へ大きくはばたいていけるように、「翼」=「心」を育てることを学校教育目標としています。また、子どもたちの社会的自立を目指し、主体的に生きる力を育む学校となることを、目指す学校像として設定し、取り組んでいます。
 
本校の特色として、キャリア教育や自立活動の充実、広い敷地を活用した幅広い教育活動、そして、ポニーを活用した学習の実践が挙げられます。

 

2.本校児童生徒について

本校の児童生徒は、様々な障害がありながら、元気に学校生活を送ることができています。
新型コロナウイルスの流行で、様々な活動が制限されていますが、そんな中でも学校行事に全力で取り組む姿を見ることができます。
 
5月には、昨年中止を余儀なくされた運動会が開催されました。
感染症予防のため、小学部、中学部、高等部と分かれて行われましたが、日々の教育活動の成果を発揮できた運動会となりました。
 
小学部では、子どもたちに大人気の『鬼滅の刃』の主題歌である『紅蓮華』に合わせてダンスを踊りました。元気よく、のびのびと踊る姿が印象的なダンスでした。
 
中学部では、高知県の伝統的な踊りである『正調よさこい』を披露しました。
学部全体を通して練習をしている踊りで、鳴子のパチパチという音が校庭中に響き渡りました。
 
高等部では、学年の選抜リレーが行われました。1人ひとりが全力を出し、校庭を駆け抜けていきました。
ゴール後には、仲間内で称え合い、励まし合う姿が見られました。
 
まだまだ活動に様々な制約がある中ですが、子どもたち一人ひとりが成長し、明るく元気に学校生活を送ることができています。

 

3.ポニーについて・飼育環境


〔メロン〕
 
本校では、「メロン」という名前のポニーを、敷地内で飼育しています。
今年15歳になる牝馬で、人懐っこく、マイペースな性格のポニーです。体高は約125cmで、小学部低学年の子どもたちとほぼ同じ背の高さです。
また、開校当初から学校におり、誰よりも長く子どもたちと接しています。
 
普段は敷地内の「ふれあい広場」と呼ばれる施設にある厩舎・パドックで生活をしており、子どもたちがポニーと自然に関わることができる環境にいます。
 
日々の給餌や掃除、手入れ、運動は、ポニー共育推進委員会を中心に、全教職員が当番制で行っています。
子どもたちの下校後や休日は、広場内で放牧をし、柵の外からメロンが自由に過ごしている様子を見たり、ニンジン等のおやつを与えたりすることができます。

 

4.ポニー導入の経緯

平成22年、埼玉県立北部地域特別支援学校(仮称、後の埼玉県立深谷はばたき特別支援学校)の開設準備室で、「人と交流できる大型の動物を導入しよう」と、大型動物導入の検討が始まりました。
 
ポニーの導入にあたっては、教育活動の重点に、動物(ポニー)とのふれあいによる心とからだの育成を位置づけて取り組むこととしました。
子どもたちには、①ポニーの飼育活動をとおして優しい気持ちを育んでもらいたい、②乗馬をとおして、姿勢を整えて身体をリラックスさせ、落ち着いて活動できる力を養ってほしい、という2つの思いがありました。
また、効果や成果を地域の方々と共有し、地域コミュニティーの一層の充実を図っていきたい、という期待も込められていました。このような教職員の願いを受けて、ポニーが導入されました。

 

5.ポニーを使った教育活動の実践


〔メロンと生徒の様子〕
 
ポニーを使った教育活動として、中学部の生徒を対象とした自立活動を紹介します。生徒が中学部2学年の時にポニーを使った活動を始め、2年間取り組みました。
 
対象生徒は、移動時や授業中に突発的に走り出すことが多く、周りの人を押しのけたり、前にいた子どもにぶつかってしまったりしたこともありました。
突発的な走り出しの原因として、本人の様子や行動から、見通しが持って行動できる分、一刻も早く目的の場所に着きたいという気持ちがあるのではないか、と考えられました。
そこで、『安全に配慮して行動することができる』という目標を設定し、教員や友人と一緒に行動できるような場面を多く設定すること等、指導や支援の内容として取り入れました。その指導の中で、ポニーの引馬を行うことで、周りを意識して歩くことができるのではないかと考え、指導に取り入れるようにしました。
 
本生徒とポニーの関係は良好で、ブラッシングや餌あげ等基本的なお世話は小学部から経験してきていました。
本人もポニーと触れ合うことに抵抗がなく、毛並みに沿って触ったり、首や背中を優しく撫でたりすることができました。
 
活動の主な内容は、ブラッシング、引馬、餌(ニンジン)あげの3つです。
引馬は、最初は引手を持って広場内を一周するのも難しく、引手を途中で放したり、ポニーを置き去りにして走って行ったりすることが多かったです。
そのような中でも、ポニーの背中やたてがみに片手を沿えて歩いたり、立ち止まってポニーを撫でまわしたりするなど、一緒に歩くポニーを気にしている様子が見られました。このような活動を1年ほど続けると、本生徒は、引手を放すことなく歩くことができるようになってきました。
 
1週間に1回、移動や準備を合わせて45分ほどの活動時間でしたが、このような取組を2年間続けました。
中学部を卒業するころには、本生徒は広場内を2~3週程、走ることも立ち止まることもなく、ポニーに合わせて歩くことができるようになりました。
また、日常生活の中でも、1日に数回あった突発的な走り出しが目に見えて少なくなり、友人と一緒に落ち着いて行動できるようになりました。
 
ポニーの教育活動の1つとして、自立活動の事例を取り上げさせていただきました。
この他にも、生活単元学習や、飼育委員会での活動などがあります。
次回から、メロンと子どもたちの交流の様子やメロンとともに行う教育活動を折々にお伝えしていきます。